あるところに一人の少女がいました。

特に恵まれているわけでも、

また、貧しいわけでもありませんでしたが、

彼女はいつも幸せそうにしていました。

「本当に幸せそうだ。羨ましいなあ」

少女を見ると、多くの人が言いました。

空は今日も灰色です。

土は今日も枯れています。

「ああ。不幸だ。不幸だ」

空も見上げず、土も見つめず、人々は言い続けます。

少女だけが幸せそうでした。

少女は花の種を植えます。

美しい花。かわいい花。少し不恰好な花。

細やかな花。たくましい花。しなやかな花。

どの花もすぐに枯れましたが、

どの花もとてもきれいに咲きました。

ある人は言います。

「あの子は幸せだから花を植えるのだろう」

ひどく苛立たしそうでした。

またある人は言います。

「あの子は花を植えるから幸せなのだろう」

ひどく得意げでした。

何にせよ、少女は幸せそうで花はきれいでした。

ある日、一人のおじいさんが少女の側を通りかかりました。

彼は、足元の花を見て立ち止まりました。

「きれいだ」

少女はうなずきました。

彼はしばらく花を眺めたあと、ふと少女の顔を見つめました。

おじいさんは悲しそうに言いました。

「そんな顔をするのはやめなさい」

少女は首をかしげます。

「どうして」

彼は少女の目を見つめました。

「君が一番わかっているだろう」

彼女は何も言いませんでした。

少女は幸せそうで花はきれいでした。

少女の植えた花の中には、

一つだけ、枯れない花がありました。

それは、特に美しいわけでも、

また、たくましいわけでもありませんでしたが、

いつもそこに咲いていました。

少女は花を植え終えると、

毎日その花を訪れます。

どうして枯れないのかは、

彼女にも分かりませんでしたが、

とにかく、少女はその花を大切にしていました。

ある人たちは言いました。

「私たちはどうして不幸なのだろう」

「幸せでないからだろう」

「どうして幸せでないのだろう」

「わからない」

「どうすれば幸せになれるだろう」

「わからない」

空は今日も灰色です。

ある人が、ぽつりと言いました。

「幸せな人を見習えばどうだろう」

土は今日も枯れています。

ある日、少女が花を訪れると、

そこには大きな花畑がありました。

赤い花。黄色い花。緑色の花。

青い花。白い花。紫色の花。

水色。橙。藍。黒。

たくさんの花が広がっていました。

少女は辺りを見回します。

何人かの、

とても満足そうな人が見えました。

少女は彼らに尋ねます。

「どうしたんですか、これ」

一人の女性が答えました。

「私たちが植えたの」

とても誇らしげでした。

少女は尋ねます。

「この辺りに花が咲いていませんでしたか」

女性は思い出します。

「確かに咲いていたわ」

そして女性はそれを取り出しました。

枯れた花でした。

「触れたとたんに枯れてしまったの」

少女は花を受け取ります。

女性はなぐさめるように言いました。

「花はいつか枯れるわ。

 でも新しい花がまた咲くのよ」

それを聞くと、

少女は諦めたようにうなずきます。

少女は幸せそうで。

人々が立ち去ると、彼女は枯れた花を抱きしめました。

少女の花はきれいでした。

ある人たちは言いました。

「私たちは幸せになれるんだ」

「もっと幸せにならないと」

「このことを広めないと」

とても生き生きとしていました。

やがて多くの人が言いました。

「幸せになろう」

「花を植えよう」

とても生き生きとしていました。

空は今日も灰色です。

土は花でいっぱいになりました。

「ああ。幸せだ。幸せだ」

花を植えながら、人々は言い続けます。

少女はさまよいます。

枯れた花を握って花畑をさまよいます。

花を植えることもなくさまよいます。

少女だけが幸せそうでした。

ある人は言います。

「あの子は花を植えることに飽きたのだろう」

ひどくどうでもよさそうでした。

またある人は言います。

「幸せを見せびらかしていただけなのだろう」

ひどく哀れむようでした。

辺りにはたくさんの花が咲いていました。

ある日、少女は一人の少年に出会いました。

少年は白い紙を広げていました。

少女は紙をのぞきます。

「何か描くの」

少年は紙を見つめます。

「何も描かないよ」

少女は首をかしげます。

「花でも描けばいいのに」

少年は首を振ります。

少年は疲れたように目を閉じました。

「僕の絵を見ないか」

少年は紙を片付けます。

「描かないんじゃなかったの」

「昔描いた絵だよ」

「いいの」

「誰かに見せたいんだ」

少年は行きます。

少女は歩き出しました。

しばらくして少年の住む小屋に着きました。

少女は小屋の中に入ります。

少女は部屋を見回しました。

そして、目を見開きました。

部屋いっぱいに花の絵がありました。

美しい花。かわいい花。少し不恰好な花。

細やかな花。たくましい花。しなやかな花。

いつも咲いていた花。

どの花もとてもきれいでした。

「最近はどこにも咲いてないんだ」

少年はさびしそうに言います。

少女は尋ねます。

「他の花は描かないの」

「描かないよ」

「どうして」

「違うんだ」

「何が」

少年は考えます。

「笑うかもしれないけどさ」

少年は照れくさそうに言いました。

「この花たち、

 とっても嬉しそうに咲いてたんだけど」

少年は絵を見つめました。

「なぜかとっても悲しそうだったんだ」

それを聞くと、 少女は静かに泣きだしました。

少女は旅に出ることにしました。

「いっしょに行かせてよ」

「他にも描けるものはあるでしょう」

少年は名残惜しそうです。

彼は諦めてから、言いました。

「そのうち僕も旅に出るよ」

少年は花畑を眺めます。

「始めからここには幸せしかなかったんだ」

少年はふと少女の顔を見つめます。

「こんなに冷めた顔だっけ」

「もともとそうよ」

「そうかな」

彼は、少女の目を見つめました。

「もう少し明るかった気がする」

「気のせいよ」

「気のせい」

「そう」

少女は笑顔で言いました。

あるところに一人の少女がいました。

特に幸せそうなわけでも、

また、不幸そうなわけでもありませんでしたが、

少女の訪れたところは花でいっぱいになったそうです。

「彼女は神様か何かに違いない」

少女が立ち去ると多くの人が言いました。

空は今日も灰色です。

土は今日も枯れています。

「この景色も好きだけど」

彼女はそう思いながら、今日も花を植えます。

彼女は幸せでした。

2014/10/12

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