*
あるところに一人の少女がいました。
特に恵まれているわけでも、
また、貧しいわけでもありませんでしたが、
彼女はいつも幸せそうにしていました。
「本当に幸せそうだ。羨ましいなあ」
少女を見ると、多くの人が言いました。
*
空は今日も灰色です。
土は今日も枯れています。
「ああ。不幸だ。不幸だ」
空も見上げず、土も見つめず、人々は言い続けます。
少女だけが幸せそうでした。
*
少女は花の種を植えます。
美しい花。かわいい花。少し不恰好な花。
細やかな花。たくましい花。しなやかな花。
どの花もすぐに枯れましたが、
どの花もとてもきれいに咲きました。
*
ある人は言います。
「あの子は幸せだから花を植えるのだろう」
ひどく苛立たしそうでした。
またある人は言います。
「あの子は花を植えるから幸せなのだろう」
ひどく得意げでした。
何にせよ、少女は幸せそうで花はきれいでした。
*
ある日、一人のおじいさんが少女の側を通りかかりました。
彼は、足元の花を見て立ち止まりました。
「きれいだ」
少女はうなずきました。
彼はしばらく花を眺めたあと、ふと少女の顔を見つめました。
おじいさんは悲しそうに言いました。
「そんな顔をするのはやめなさい」
少女は首をかしげます。
「どうして」
彼は少女の目を見つめました。
「君が一番わかっているだろう」
彼女は何も言いませんでした。
少女は幸せそうで花はきれいでした。
*
少女の植えた花の中には、
一つだけ、枯れない花がありました。
それは、特に美しいわけでも、
また、たくましいわけでもありませんでしたが、
いつもそこに咲いていました。
少女は花を植え終えると、
毎日その花を訪れます。
どうして枯れないのかは、
彼女にも分かりませんでしたが、
とにかく、少女はその花を大切にしていました。
*
ある人たちは言いました。
「私たちはどうして不幸なのだろう」
「幸せでないからだろう」
「どうして幸せでないのだろう」
「わからない」
「どうすれば幸せになれるだろう」
「わからない」
空は今日も灰色です。
ある人が、ぽつりと言いました。
「幸せな人を見習えばどうだろう」
土は今日も枯れています。
*
ある日、少女が花を訪れると、
そこには大きな花畑がありました。
赤い花。黄色い花。緑色の花。
青い花。白い花。紫色の花。
水色。橙。藍。黒。
たくさんの花が広がっていました。
少女は辺りを見回します。
*
何人かの、
とても満足そうな人が見えました。
少女は彼らに尋ねます。
「どうしたんですか、これ」
一人の女性が答えました。
「私たちが植えたの」
とても誇らしげでした。
少女は尋ねます。
「この辺りに花が咲いていませんでしたか」
女性は思い出します。
「確かに咲いていたわ」
そして女性はそれを取り出しました。
枯れた花でした。
「触れたとたんに枯れてしまったの」
少女は花を受け取ります。
女性はなぐさめるように言いました。
「花はいつか枯れるわ。
でも新しい花がまた咲くのよ」
それを聞くと、
少女は諦めたようにうなずきます。
少女は幸せそうで。
人々が立ち去ると、彼女は枯れた花を抱きしめました。
少女の花はきれいでした。
*
ある人たちは言いました。
「私たちは幸せになれるんだ」
「もっと幸せにならないと」
「このことを広めないと」
とても生き生きとしていました。
やがて多くの人が言いました。
「幸せになろう」
「花を植えよう」
とても生き生きとしていました。
*
空は今日も灰色です。
土は花でいっぱいになりました。
「ああ。幸せだ。幸せだ」
花を植えながら、人々は言い続けます。
*
少女はさまよいます。
枯れた花を握って花畑をさまよいます。
花を植えることもなくさまよいます。
少女だけが幸せそうでした。
*
ある人は言います。
「あの子は花を植えることに飽きたのだろう」
ひどくどうでもよさそうでした。
またある人は言います。
「幸せを見せびらかしていただけなのだろう」
ひどく哀れむようでした。
辺りにはたくさんの花が咲いていました。
*
ある日、少女は一人の少年に出会いました。
少年は白い紙を広げていました。
少女は紙をのぞきます。
「何か描くの」
少年は紙を見つめます。
「何も描かないよ」
少女は首をかしげます。
「花でも描けばいいのに」
少年は首を振ります。
少年は疲れたように目を閉じました。
*
「僕の絵を見ないか」
少年は紙を片付けます。
「描かないんじゃなかったの」
「昔描いた絵だよ」
「いいの」
「誰かに見せたいんだ」
少年は行きます。
少女は歩き出しました。
*
しばらくして少年の住む小屋に着きました。
少女は小屋の中に入ります。
少女は部屋を見回しました。
そして、目を見開きました。
部屋いっぱいに花の絵がありました。
美しい花。かわいい花。少し不恰好な花。
細やかな花。たくましい花。しなやかな花。
いつも咲いていた花。
どの花もとてもきれいでした。
「最近はどこにも咲いてないんだ」
少年はさびしそうに言います。
*
少女は尋ねます。
「他の花は描かないの」
「描かないよ」
「どうして」
「違うんだ」
「何が」
少年は考えます。
「笑うかもしれないけどさ」
少年は照れくさそうに言いました。
「この花たち、
とっても嬉しそうに咲いてたんだけど」
少年は絵を見つめました。
「なぜかとっても悲しそうだったんだ」
それを聞くと、 少女は静かに泣きだしました。
*
少女は旅に出ることにしました。
「いっしょに行かせてよ」
「他にも描けるものはあるでしょう」
少年は名残惜しそうです。
彼は諦めてから、言いました。
「そのうち僕も旅に出るよ」
少年は花畑を眺めます。
「始めからここには幸せしかなかったんだ」
少年はふと少女の顔を見つめます。
「こんなに冷めた顔だっけ」
「もともとそうよ」
「そうかな」
彼は、少女の目を見つめました。
「もう少し明るかった気がする」
「気のせいよ」
「気のせい」
「そう」
少女は笑顔で言いました。
*
あるところに一人の少女がいました。
特に幸せそうなわけでも、
また、不幸そうなわけでもありませんでしたが、
少女の訪れたところは花でいっぱいになったそうです。
「彼女は神様か何かに違いない」
少女が立ち去ると多くの人が言いました。
*
空は今日も灰色です。
土は今日も枯れています。
「この景色も好きだけど」
彼女はそう思いながら、今日も花を植えます。
*
彼女は幸せでした。
*
2014/10/12